アフィフェ・ハトゥン 皇帝スレイマンの乳母は実在した?

アフィフェ・ハトゥンは、オスマン帝国皇帝スレイマン1世の乳母でした。

彼女の息子は、スレイマン1世の時代に活躍したイスラム教の法学者ヤヒヤ・エフェンディです。

トルコのドラマ「オスマン帝国外伝シーズン3」ではハレムの責任者として登場します。ドラマではハレムの女官や侍女は架空の人が多いです。でもアフィフェは珍しく実在した人なのです。

22代皇帝ムスタファ2世のハレムにもアフィフェ・ハトゥンという名の女性がいましたが別人です。

アフィフェ・ハトゥンについて紹介します。

アフィフェ・ハトゥンの史実

名前:アフィフェ(Afife)
地位:オスマン帝国
生年:不明
没年:不明
父:不明
母:不明
夫:オメル・エフェンディ
子供:ヤヒヤ・エフェンディ

出身はトラブゾン。トラブゾンは黒海沿岸のトルコの都市です。古代より貿易で賑わうこの地域の中心都市でした。

アフィフェの両親はわかりません。

トラブゾンで裁判官をしていたオメル・エフェンディと結婚しました。

結婚後、長男ヤヒヤ・エフェンディが生まれます。

同じ週にトラブゾンで知事をしていたセリム皇子に息子スレイマンが生まれました。しかしスレイマンの母ハフサ・ハトゥンの母乳の出が悪かったので乳母が必要になりました。

当時トラブゾンで裁判官をしていたオメル・エフェンディの妻アフィフェが同じ頃に出産して乳の出がよいというのでスレイマンの乳母になりました。

アフィフェは息子のヤヒヤとスレイマンを育てました。つまり、スレイマンとヤヒヤは乳兄弟になるのです。スレイマンはヤヒヤを「兄」と呼んだそうです。

息子のヤヒヤ・エフェンディはイスタンブルで学者になりました。スレイマンも皇帝になります。

夫のオメルはトラブゾンのあとどこで働いたかはわかりません。晩年はダマスカスで暮らしダマスカスで亡くなったことが分かっています。アフィフェは夫と一緒に暮らしたでしょうからダマスカスにいたのかもしれません。夫の死後、息子のいるイスタンブルに来たようです。

皇帝になったスレイマンはヤヒヤ・エフェンディと親しくしていました。

スレイマンはイスタンブルに造ったモスクに「アフィフェ」にちなんだ名前を付けました。スレイマンとの関係は良好だったようです。

歴史上はアフィフェがその後どうなったのかは記録がありません。

アフィフェは死後、イスタンブールのベシクタシュの墓地に葬られました。後に息子のヤヒヤも同じ墓地に葬られます。

オスマン帝国外伝シーズン3ではハレムの責任者に

ドラマ「オスマン帝国外伝シーズン3」ではアフィフェがトプカプ宮殿のハレムの責任者(出納官)として登場します。

史実ではアフィフェがハレムで働いた記録はありません。でもスレイマンにとっては乳母ですし、スレイマンは初めて造ったモスクにアフィフェの名前を付けたほどです。もしかするとこういう話が出てきてもおかしくはないかもしれません。

シーズン2後半ではギュルフェムが出納官でした。シーズン3では彼女が辞任したのでスレイマンがアフィフェを呼び寄せたのです。

裁判官の妻らしく厳しい性格です。新登場の宦官キラズ・アーを部下にして規律の乱れたハレムの秩序を取り戻そうとします。

皇帝妃を除けばハレムの女性はほとんどが架空の人物です。アフィフェがハレムで働いているという設定も架空ですが、スレイマンの乳母アフィフェは実在した人物でした。