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ハティジェ・スルタン:オスマン帝国皇帝スレイマンの妹は未亡人

オスマン帝国外伝・愛と欲望のハレム(原題:Muhteşem Yüzyıl(壮麗なる世紀))に登場するハティジェはオスマン帝国の皇女。10代皇帝スレイマンの妹です。

ハティジェ・スルタンともいわれます。スルタンは皇帝と訳されることが多いですが、オスマン帝国では皇族という意味です。皇女にもスルタンの称号が付きます。スルタンの女性系スルタナと呼ばれることもあります。

ドラマではスレイマンの小姓頭イブラハムと恋に落ちる王女として描かれています。

歴史上のハティジェはどのような人物だったのでしょうか。

ハティジェ・スルタン

名前:ハティジェ(Hatice)
地位:オスマン帝国皇女
生年:1496年、1494年?
没年:1538年
父:セリム1世(Selim I)
母:ハフサ
夫:イスケンダー(死別)、イブラヒム

子供:
メフメド皇子(Mehmed)
ハヌム皇女(Hanim)
フュレーヌ皇女(Fulane )

ハティジェオスマン帝国皇帝セリム1世とハフサ・アイシェの娘です。
セリム1世には子供が多かったのですが、皇帝になったスレイマン1世とベイハン・スルタンは両親ともに同じです。

産まれ年は1496年や1498年など諸説あります。1494年以前だったという説もあります。

ハティジェは姉妹の中でも最も美しかったといわれ、父セリム1世に一番可愛がられた娘でした。そのため甘やかされて育ったようです。

1510年。オマーンの知事で司祭もしていたイスケンダー(Damad Iskender Pasha)と結婚しました。

しかしイスケンダーは1515年に死刑になってしまいました。

このときハティジェは19歳(21歳の可能性もあり)。若くして未亡人になってしまいました。その後は母ハフサと一緒に暮らしました。

1520年。兄のスレイマンが皇帝になりました。ハティジェは母ハフサとともに兄の宮殿で暮らしました。スレイマンはできる限りの待遇を与えハティジェを大切にしたようです。

ハティジェはスレイマンの側近だったイブラハム・パシャと結婚したといわれます。

イブラハムはスレイマンの小姓頭でしたが大宰相になりました。

しかし1536年。イブラハムは、スレイマンの命令で処刑され財産は没収されました。イブラハムはムスタファを次の皇帝に指示していました。そのため王妃ヒュッレムの陰謀で陥れられたともいわれます。イブラハムはサファビー朝ペルシャとの戦争で、スレイマンと意見が衝突することも何度かあったのでそのせいだともいわれます。

イブラハムの息子も処刑されました。

イブラハムの死後、ハテッィジェは夫の息子の死を嘆き悲しみました。

1538年。ハティジェは他界しました。享年42。自殺したともいわれます。

しかし最近ではイブラハムが結婚したのはハティジェではなく、ムシャン・ハトゥンという女性だったともいわれます。

いずれにしても、王女でありながらあまり幸福な一生ではなかったのかもしれません。

 

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