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ムスタファ皇子の妻と子供たち

シェフザーデ・ムスタファはオスマン帝国の皇子。

トルコのドラマ・オスマン帝国外伝でも登場します。

シーズン3・4では成人したムスタファが登場するので彼の妻・側女や子どもたちも登場します。

そこで歴史上のムスタファの妻と子どもたちを紹介します。ハレムの記録はあまり残っていないのでわからない部分も多いですが。記録にある人物はドラマでも登場することが多いです。ドラマとの違いを比べてみるのも面白いです。

ムスタファ皇子の妻と子供たち

シェフザーデ・ムスタファ

生年:1515年。
没年:1553年(享年39)。
父:スレイマン1世
母:マヒデヴラン・スルタン

ブルサ・ムラディエに埋葬。

ファトマ・ハトゥン (Fatma Hatun)

歴史上のファトマ

クロアチア出身。
ムスタファ最初の側女といわれます。
最初の皇子・スレイマンを産みました。スレイマン皇子の死後
新しい側女・リュメイサが来ると寵愛を失ったといわれます。ムスタファの死後はマヒデヴランとともに暮らしました。

死後。ブルサ・ウルチャムクズラル墓地に埋葬。

ドラマのファトマ

最初はトプカプ宮殿でマヒデヴランに仕えていました。ムスタファの妃の座を狙います。ムスタファがマニサの知事になるとマニサの宮殿に移動。スレイマン皇子を産みました。しかしスレイマン王子が幼くして死亡。悲観したファトマは自殺します。

ドラマ・オスマン帝国外伝ではシーズン2・3に登場

ファトマ・ハトゥンの子供

スレイマン・セレビ皇子
(Şehzade Süleyman Çelebi)
生年:1534年。マニサで生まれました。
没年:1537年。3歳で死亡。
アマスヤに埋葬。

ドラマでは生後数ヶ月で死亡。

ファトマ・ハトゥン:ムスタファ皇子が最初に愛した女性

ルメイサ・ハトゥン (Rümeysa Hatun)

史実のルメイサ

生年:1520年生まれ。 
 (ムスタファより5歳年下)
没年:1603年(享年883)
ボスニア出身。

ファトマの次にムスタファの寵愛をうけた女性。
二人の皇子を産みムスタファの正妻になりました。

ドラマ・オスマン帝国外伝のルメイサ

シーズン3・4に登場
本名:ルクレツィア。ジェノバの貿易商・貿易商ガブリエラの妹。
正妻ではなく側女。

ルメイサ・ハトゥン:ムスタファ皇子のハレムを支配した女性

ルメイサ・ハトゥンの子供

メフメド皇子
(Şehzade Mehmed)
1546年生まれ
1553年没(享年8)
父ムスタファ処刑後。スレイマンの命令でメフメドも首を締められ処刑されました。
ブルサに埋葬。

アフメド皇子(オルハンという説もあります)
(Şehzade Ahmed、or Orhan)
1552年生まれ、1552年か1553年没
幼くして病気で死亡。
コンヤに埋葬。

アイシェ皇女
(Auşe  Sultan)
生年不明、幼くして死亡。

ベーグム・ヌルチハン・ハトゥン (Begüm Nurcihan Hatun)

クリミア・タタール・ハーンの娘。
Begüm(ベーグム)は部族長の妻や娘の意味。
生年:1519年生まれ
  (ムスタファより4歳年下)
没年:1560年以降
ブルサ・ウルチャムクズラル墓地に埋葬。

ドラマ「オスマン帝国外伝」では登場しません。
そのかわりシーズン4で「ミフルニッサ」という女性が登場。ムスタファの正妻になります。

ベーグム・ヌルチハン・ハトゥンの子供

ハティス皇女
(Hatice Slutan)
1538年生まれ、1603年没

ハンダン皇女
(Handan Slutan)
1544年生まれ、1621年没

シャー皇女
(Şah Sultan)
1547年コンヤ生まれ、1577年没。
アブドゥルケリム・アガと結婚しました。

スレイマンの妹シャー皇女とは別人。

アイシェ・ハトゥン (Auşe Hatun)

チェルケス人(ロシアとトルコの中間で暮らす部族)の貴族の娘。

ドラマ・オスマン帝国外伝ではシーズン3・4に登場。
ドラマでもネルギシャー皇女の母になります。

アイシェ・ハトゥンの子供

ネルギシャー皇女
(Nergisşah Sultan)
1536年。マニサ生まれ
1592年没(享年57)。
ムスタファの長女。
ムスタファに最も可愛がられた娘といわれます。
1554年。ルメリアの知事チェネビー・アフメット・パシャと結婚。

ハンダン・ハトゥン (Handan Hatun)

どのような人物だったのかよくわかっていません。ファトマと同一人物とされることもあります。その場合、ファトマ・ハンダンともよばれます。

ハンダン・ハトゥンの子供

アイシェ皇女
(Auşe Sultan)
1546年生まれ。

 

ドラマで登場したエフスン(ノラ)やヘレナは架空の人物です。

原則としてオスマン帝国ではハレムの記録はほとんど残しません。宮廷内に起きている出来事はよほどの重大事件でないかぎりほとんど外には伝わりません。

逆に言うと、ほとんど外に情報が伝わらないはずなのに当時のヨーロッパにもその存在が知れ渡っていたヒュッレム(ヨーロッパではロクサーヌと呼ばれていました)はどれほど凄い人物だったかわかります。

そのためムスタファのハレムはよくわからないことが多いです。でも中では様々な出来事があったはずです。架空の人物はドラマを面白くするために登場させているのですが、「もしかするとこういうこともあったかもしれない」と想像しながら見るのも楽しいと思います。

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