なつぞら「大沢麻子」のモデル中村和子の人生

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NHKの朝ドラ「なつぞら」で貫地谷しほりさん演じる「大沢麻子」。

ドラマではヒロイン・なつの厳しい先輩として登場します。大沢麻子のモデル・ヒントになったのは女性アニメーターの先駆的存在・中村和子です。

大沢麻子の直接のモデルになったわけではなく女性アニメーターとしてのキャラ設定に影響を与えた人物のようです。

中村和子は手塚治虫の信頼の厚い個性的な女性ですので紹介します。

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中村和子の生涯

昭和8年(1933年)。関東州旅順で生まれました。

昭和20年(1945年)。太平洋戦争が終戦。山口県に帰国しました。宇部高校を卒業後、女子美術大学洋画科(東京都)に入学しました。

大学卒業後、アルバイトをしているときにフランスの長編漫画映画「やぶにらみの暴君」(1952年)を観てアニメーターに興味を持ち日本動画に入社。同期の女性社員は中村和子だけでした。アニメの世界では女性は珍しかったのです。

昭和31年(1956年)。日本動画は東映の傘下となって東映動画と名前を変えます。同じ頃東映動画にいた女性アニメーターには大田朱美、奥山玲子、保田道世がいます。

日本初の長編カラーアニメーション「白蛇伝」の制作に参加します。このとき原画を担当できるのは大工原章と森康二だけでした。そこで二人を補佐するため「セカンド(第2原画)」というポジションが作られ和子ら6人がセカンドになりました。

その後、東映の長編映画に参加します。
・猿飛佐助
・西遊記

西遊記は手塚治虫の「ぼくの孫悟空」を原案にしたアニメ。和子はこのころ東映動画に出入りしていた手塚治虫に認められる存在になります。

安寿と厨子王の制作が決まります、しかし会社と現場のアニメーターが対立。紺野修司、坂本雄作などが退社して手塚治虫と一緒に活動をはじめ「虫プロダクション」の設立に関わりました。

和子は広告代理店・萬年社の穴見薫と結婚。絵本の仕事をするため東映動画を退職しました。

虫プロに移籍

和子を高く評価していた手塚治虫は和子を熱心に誘います。最初は週に2回ほど来てくれたら良いということで行ってみると、その日から徹夜で仕事することになりました。 そのころ虫プロでは「鉄腕アトム」を製作中。和子は鉄腕アトムの作画監督を務めることになりました。

鉄腕アトムは30分のアニメを毎週放送するという当時としては無茶な企画でした。そこでアニメーターの負担を減らすため、できるだけセル画を省いたアニメになりました。あまり絵が動かなかったので「電気紙芝居」と言われ批判されました。東映動画の元同僚、大塚康生や高畑勲は動きの少ないアニメに批判的でした。

しかし当時の子供達には毎週アニメが見られるので大好評でした。この方法は後の日本テレビアニメの常識になります。

昭和39年(1964年)。主婦業に専念するため引退。一方、広告代理店をしていた夫の穴見薫は「鉄腕アトム」での仕事が評価され萬年社を退職して虫プロの常務になり、虫プロの経営を担当しました。

このころ仕事のことで悩んでいた夫・穴見薫に頼まれ再び虫プロに復帰。和子はワンダースリー、リボンの騎士などを担当します。

昭和41年(1966年)。夫の穴見薫が死亡。その後、穴見の独断でフジテレビから1億3千万円の融資を受ける代わりに虫プロ作品の著作権をフジテレビに譲渡する契約を結んでいたことが発覚。虫プロとフジテレビの考証で1978年までの1放映権をフジテレビが独占することで決着しました。しかしこのときすでに虫プロは赤字体質になっていました。

大人向けアニメ「千夜一夜物語」を制作。ヒットはしたものの人件費高騰もあり虫プロは赤字に転落しました。

その後、虫プロは「クレオパトラ」を制作。和子は作画を担当しました。

昭和46年(1971年)。和子は虫プロを退職。おなじころ手塚治虫は会社の負債を手塚が引き受ける条件で虫プロを退職しました。

独立後

手塚治虫は、中村和子たちと実験的なアニメ「森の伝説」の制作をはじめます。和子は手塚プロダクション初のアニメ「ふしぎなメルモ」のオープニングを担当。手塚プロダクションは手塚治虫の漫画制作と版権管理の会社でしたが、手塚が虫プロを退職後は手塚プロでもアニメ制作をおこなうようになりました。

その後、虫プロダクションは倒産。

和子はフリーで活動します。

以後は世界名作劇場おやゆび姫(東映動画)
火の鳥(東宝)、火の鳥2772、シェンマオ物語タオタオなどの制作などに参加しました。

手塚治虫は和子のことを「ワコさん」と呼んでいました。手塚修も和子を美人と認め「三つ目がとおる」のヒロイン・和登千代子のモデルにしたといわれます。

絵は生活の一部というほど熱心で暇さえあれば展覧会を見に出かけ、プライベートでも油絵を描いていました。

中村和子もなつのモデルになった奥山玲子同様に戦後の日本アニメ界を支えた女性アニメータのひとりです。

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