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ルメイサ・ハトゥン:ムスタファ皇子に最も愛されハレムを支配した女性

ルメイサ・ハトゥンはオスマン帝国のムスタファ皇子の妻。生母のマヒデブランを除けば、ムスタファのハレムで最も権力のあった女性といわれます。

ルメイサ・ハトゥンについて紹介します。

ルメイサ・ハトゥンの史実

名前:ルメイサ・ディレフルス(Rümeysa Dilefruz)
本名:ナディア・フランコス(Nadia Frankos)
生年:1520年生まれ。 
 (ムスタファより5歳年下)
没年:1603年(享年88)
父:ヨセフ・フランコス(Josef Frankos)
母:不明(針子か裁縫関係の仕事)
夫:ムスタファ皇子
子供:
メフメド皇子(1547-1553)
アイシャ皇女
アフメド皇子(1552-1553)

1520年。オスマン帝国ルメリア州ボスニア県で生まれました。現在のボスニア・ヘルツェゴビナ共和国のあたりです。

本名はナディア・フランコス。名前から判断するとキリスト教徒だったようです。

父はボスニアの画家ヨセフ・フランコス。

母の名前はわかりませんが、フランス人で針子か裁縫関係の仕事をしていたようです。

1528年。12歳でハレムに来ました。ヒュッレム達と同様に奴隷として売られてきたようです。

ハレムに入ったナディアはルメイサ・ディレフルス(Rümeysa Dilefruz)というムスリム名を与えられました。

1533年にムスタファ皇子がマニサの知事になりました。皇子は独立すると自分のハレムを持つことができます。ルメイサはムスタファのハレムの一員になりました。

ルメイサは美しさと頭の良さでハレムでも目立つ存在だったようです。ムスタファ皇子の心をつかみました。ムスタファのハレムにはファトマ、ヌルチハン、アイシェがいてライバル関係にありました。ムスタファのハレムで最も権力をもっていたのがルメイサでした。

彼女はムスタファの愛人を殺害したともいわれます。そのため他の側女から恐れられました。

ドラマでは描かれませんが、ムスタファのハレムでも様々な出来事がおきていたようです。

1541年。ムスタファがアマスヤの知事になりました。彼女たちもアマスヤに移ります。

1547年。メフメド皇子が生まれました。ルメイサは皇子の母となりました。

生年は不明ですがアイシャ皇女が生まれました。ところが幼くして死亡しました。

1549年。ムスタファがコンヤの知事になりました。彼女たちもコンヤに移ります。

1552年。アフメド(オルハンという説もあります)が生まれました。

人々はメフメドがムスタファの後継者だと考えました。そこでルメイサはバシュハセキスルタン(Baş Haseki Sultan、後継者の母)と呼ばれました。

マヒデブランを除けばムスタファのハレムで最も地位の高い妃になったのです。

しかしアフメドは1553年までに幼くして死亡したようです。

ムスタファの処刑後

1553年10月に夫のムスタファ皇子が処刑されてしまいます。スレイマン皇帝の命令でした。

ルメイサは子どもたちを連れてムスタファの母マヒデブランや他の側女や子どもたちとともにブルサに移動しました。

ところがムスタファの息子は全て処刑されることになりました。1553年12月にはメフメドも処刑されてしまいました。

その後、ルメイサはイズミールの旧宮殿に移され死ぬまでここで暮らしました。

彼女は非常に尊敬されバシュ・カディネフェンディ(BaşKadinefendi:皇子の妃)と呼ばれました。

1603年にイズミールで亡くなりました。享年83歳 

また1555年に死亡したという説もあります。一緒に暮らしていた他の側室と間違われているのかもしれません。。

 

ドラマ「オスマン帝国外伝」のルメイサ

ドラマのルメイサは大幅に脚色されています。

1616年ごろにジェノバの商人の家に生まれました。名前は「ルクレツィア」
姉にはガブリエラがいました。

幼い頃、拉致されて奴隷商人に売られました。

1536年より前にマニサのムスタファのハレムに入り「ルメイサ」と名付けられました。

ルメイサは1536年に生まれたネルギスシャ皇女の世話係になりました。

やがてガブリエラは妹のルクレツィア(ルメイサ)がムスタファのハレムにいることを知ります。ガブリエラはムスタファにルクレツィアを開放するように頼みました。ところが幼い頃に拉致されたルクレツィアは姉や以前の生活のことをよく覚えていません。ガブリエラのもとに行くのを拒否しました。

ハレムに残ったルメイサはムスタファの気をひこうと努力してムスタファの寵愛をうけます。

その後、ムスタファ一家はマニサからアマスヤに移動。

1543~1544年ごろ妊娠。しかしその後、刺客に襲われたムスタファをかばって矢を受け死亡します。

ドラマのルメイサはムスタファのハレムで権力をもつ妃ではありません。側女の一人でした。史実よりも早く死亡します。

歴史上はムスタファの息子メフメドを生んだのはルメイサです。でも「オスマン帝国外伝」ではルメイサは子供を生む前に死亡しました。

ドラマではメフメドを生んだのはミュフルニーサになってます。

 

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