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クレイトス は酒に酔ったアレクサンドロスに殺された

クレイトスは古代ギリシャのマケドニア王国の武将。

アレクサンドロス3世(アレキサンダー大王)に仕えた将軍です。アレクサンドロスの東方遠征では軍を率いて活躍しました。

浅黒い肌をしていたので「黒のクレイトス」(ギリシャ語:Κλείτος ο Μέλας)と呼ばれました。

クレイトスについて紹介します。

クレイトスの史実

名前:クレイトス(ギ:Κλείτος、ラテン文字:Kleitos)
国:マケドニア
地位:
生年:紀元前375年
没年:紀元前328年
父:ドロピデス
母:
姉:ラニケ

日本では弥生時代の人です。

 クレイトスのおいたち

マケドニアの首都・ペラの出身。
父のドロピデスはマケドニアの貴族。

姉のラニケはアレクサンドロスの乳母でした。

アレクサンドロスを幼い頃から知っていた重臣の一人でした。

ピリッポス2世の時代には近衛隊長として仕えていました。

紀元前336年。アレクサンドロスが即位すると騎兵親衛隊長に任命されました。

アレクサンドロスの東方遠征で活躍

紀元前334年。アレクサンドロス率いるギリシヤ軍が小アジア(アナトリア)に上陸。グラニコス川畔(現在のトルコ北西部チャナッカレ県)でギリシャ軍とペルシャ軍が戦いました。

グラニコス川の戦いではペルシャの武将スピトリダテスがアレクサンドロスに背後から襲い掛かかりました。クレイトスはスピトリダテスの腕を斬り落として王の命を救いました。

その後ガウガメラの戦いで王とともに騎兵隊を率いて敵陣に突入しました。

その後も続くアレクサンドロスの遠征では、多くの戦いに参加しました。

紀元前330年。ギリシャの武将フィロタスが処刑されると空席になっていたヘタイロイ騎兵の隊長にヘファイスティオンとともに任命されました。

ペルシャに馴染もうとするアレクサンドロスに反対

クレイトスはファイスティオンとともにアレクサンドロスの東方遠征を支えた有能な武将でした。

ところがペルシャの習慣を取り入れ、現地に馴染もうとするアレクサンドロスに反発。クレイトスはマケドニアの風習を大切にしていたため、アレクサンドロスの方針に反対しました。またアレクサンドロスの方針を支持する側近たちも遠慮なく批判しました。

アレクサンドロスと喧嘩して刺される

ギリシャ軍はダレイオス3世との戦いに勝ち。ペルシャ帝国の首都・バビロンを占領しました。アレクサンドロスは更に東に遠征を進めます。

紀元前328年。ソグディアナのマラカンダ(現在のサマルカンド)でペルシア人のバクトリア総督アルタバゾスが老齢のため辞任。アレクサンドロスはクレイトスを後任のバクトリア総督に任命しました。儀式の後、祝宴が開かれました。

ところがこのときのクレイトスは機嫌が悪かったようです。

「総督」の座は重要なポストですが。戦場に出られなくなったクレイトスは「降格」と受け止めました。さらに、もともとアレクサンドロスの方針が気に入らなかったので祝宴は険悪な雰囲気になりました。

参加者には酒が振る舞われ出席者は酔っていました。すると参加者たちが王のご機嫌を取ろうとアレクサンドロスを褒め称え始めました。ヘラクレスや伝説の英雄を持ち出してアレクサンドロスも彼らと同じように崇拝されるべきだと飯田出しました。するとクレイトスは

「王の功績が神々に勝るものだと?王の功績は王おひとりの力ででできたものではない。どれだけのマケドニア人が死んだと思っているのだ」と言いました。

アレクサンドロスは「クレイトス。だれもマケドニア人が死んだことは忘れてはおらん」と言ってクレイトスをにらみました。

その後、しばらくはにぎやかな宴会に戻りましたが。参加者たちはまたアレクサンドロスを褒め始めます。

「神とはいわないまでも、王が父王フィリッポスをしのいだのは間違いないだろう。どうだ」

するとクレイトスは「おい、貴公らはフィリッポス王の偉大さを知っているのか?口を慎め」

事実、マケドニアをギリシャ一の強国に育て、東方遠征の軍を編成したのはフィリッポスでした。先代から仕えているクレイトスはそのことをよく知っています。ところがクレイトスも酒がまわっていたのか、日頃の不満が爆発していしまいました。

「フィリッポス王が生きていれば、とうにペルシャを手にしている。野蛮人どもにギリシャ式のしつけをしているはずだ。我々がこんな地の果てにいても帰る地があるのはフィリッポス王のおかげだ。だれがギリシャをマケドニアに従わせたと思っているのだ」

クレイトスの勢いは普通ではないように思われました。さらに酒によっていたアレクサンドロスもクレイトスに詰め寄り喧嘩になりそうでした。

さらにクレイトスは「王よ、この腕があなたを救ったのだ。この腕がなければあなたはこの世にはいない・・」

それを聞いたアレクサンドロスは激怒。護衛兵がもっていた槍をひったくってクレイトスを刺し殺してしまいました。

その後、酔いが醒めたアレクサンドロスは、クレイトスを殺してしまったことを激しく後悔します。クレイトスとその姉ラニケの名を叫びながら泣き叫びました。アレクサンドロスは自分自身を「友達殺し」と罵り三日三晩、部屋に引きこもっていました。

クレイトスはフィリッポス2世とアレクサンドロス3世の2代にわたって仕えました。

ギリシャは王が絶対的な力をもっている国ではなく、部族社会的な話し合いでものごとを決める国です。王とヘタイロイ(将軍たち)も普段は友人のような感じで話をしていたといいます。でもアレクサンドロスは絶対的な王がいるペルシャ帝国の有様を知り。自分もそのようになりたいと思っていました。

そうしたアレクサンドロスと古い重臣との考え方の違いもあったかもしれません。

君主が世代交代すると古い世代の重臣は疎まれがちです。クレイトスもアレクサンドロスの方針に気に入らない部分はあるものの王と認め仕えてきました。ところが酒の席で酔った勢いで二人の関係は破滅してしまいました。

日頃から我慢していたものが大きかったのでしょう。

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