「べっぴんさん」キアリスのモデル ファミリア誕生秘話

ドラマ「べっぴんさん」でヒロインの経営するお店キアリスのモデルになったのがファミリア。高品質な子供服・ベビー用品のメーカーとして有名ですね。

ファミリアは坂野惇子と田村光子、田村江つ子、村井ミヨ子が中心となって作った会社です。でも最初は靴屋さんの店先で子供用品を売るところからスタートしました。

主婦の始めた小さなお店がなぜファミリアという会社になったのでしょうか。

「べっぴんさん」ではベビーショップのお客さんが増えたので靴屋に迷惑がかかるから空いた店で始めたのがキアリス。というふうに、あっさりとキアリスが誕生しています。

でもファミリアの誕生には紆余曲折と様々人たちの協力がありました。
これがなかなか変わっていておもしろいのです。

ファミリア誕生秘話を紹介します。

モトヤ靴店の経営を圧迫

坂野惇子たちは、モトヤ靴店のショーケースを借りて「ベビーショップ・モトヤ」を始めました。

ベビーショップ・モトヤは評判となりお客が増えました。

モトヤ靴店の店主・元田蓮は店に来るお客さんが変わってきてることに気が付きました。高品質な子供用品を売るベビーショップモトヤを目当てに上品な女性が増えているようなのでした。

元田は店の奥の作業場を応接室に改装しました。お客さんをもてなして靴を試着してもらうらめの部屋を作ったのです。

ところが完成した部屋を使いだしたのは惇子たちでした。惇子たちはこの部屋で着替えたり食事をしたり商品を作ったり、帳簿をつけたり。作業部屋として使いました。ついには惇子たちは倉庫がわりとしても使い始めました。

これに困ったのは元田です。店先を貸したはずがいつの間にかモトヤ靴店の経営が圧迫されるようになってました。でも人のいい元田は「やめてくれ」と言えません。代わりに空き店舗を見つけてきました。惇子にその空き店舗を紹介して「独立してはどうか」と勧めたのです。

でも惇子は「絶対いや。元田さんの店がいい」とあっさり断りました。

元田は唖然としました。

それでも独立してほしい本音を言えない元田。こうして元田は独立させることをいちどはあきらめました。

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ベビーショップ・モトヤの独立

しばらくするとモトヤ靴店の隣にある万年筆屋が移転することになりました。靴店と万年筆屋は一つの建物になってました。入口は別で壁て仕切られています。でも裏口はつながっていました。この建物の家主は元田。万年筆屋に貸していたのです。

そこで元田は「裏口はつながってるから」と、惇子たちを説得しました。「それなら」と惇子たちも納得。坂野通夫ら惇子と主婦仲間の夫たちも独立に賛成しました。わずか3坪の小さな店でしたがベビーショップモトヤは開店して1年で独立しました。

ファミリアの誕生

レナウン跡地に移転

それから間もなくのことです。
モトヤ靴店の南にあったレナウン・サービス・ステーション(レナウンの経営する小売店)が撤退することになりました。

この土地も元田が所有する土地でした。

話はさかのぼります。レナウンが使う前は運動品店が使っていましたが移転したのです。元田は空き店舗になったので新しく入ってくれる店はないかと坂野通夫に相談しました。通夫は佐々木営業の社長・尾上清に相談しました。

尾上はこの土地に店を作ることにしました。尾上はそれまであった木造の店を壊して新しく2階建ての店を立てました。ところが開店して1年もしないうちに撤退することになったのです。卸売りをしている佐々木営業部が直接小売店をすることに地元の小売店が反発したためでした。

でも立派な店だったので借りたいという問い合わせはいくらでもありました。誰に貸すかという問題だけでした。

ところがレナウンの撤退をチャンスと考えていた人物がいました。惇子の夫・坂野通夫です。惇子たちの商売はうまくいっています。この機会に事業を拡大してしてはどうかと考えたのです。通夫は惇子の仲間の主婦の夫たち田村陽、田村寛治郎、村井完一にも相談。男たちは通夫の案に大賛成しました。

勝手に盛りあがる夫たちに驚いたのが惇子たち4人の仲間です。なにしろ3坪の店で売る商品を作るのも精一杯でした。その5倍の広さがある店ならどれだけ商品を作ったらいいのか戸惑いました。

でも通夫たちは「大丈夫。今の勢いやったら心配いらん」と説得。地主の元田も惇子たちなら貸してもいいといいます。そんな周囲の熱意に惇子たちも心を動かされます。

「どうせやるなら大きな店で自信作を売りましょう」
というわけで、惇子たちは店を移転することにしました。

そんな惇子たちの心意気に尾上清も協力します。

レナウンの建物を20万円、建物内にあった商品を20万円で引き取るという条件で譲ることにしました。当時の40万円は現在だと約650万円の価値です。大金には違いありませんが2階建ての建物の値段としては格安です。しかも尾上清個人が惇子の店に20万出資することになりました。建物の代金はないのと同じです。

とはいっても、さすがに15坪の店は惇子たちには広すぎました。通夫は出店してくれる店を探しました。佐々木営業部の取引先に婦人服の店 川村商店があります。そこの店主・川村睦夫に相談したところ店の1/3を川村商店の商品で埋めてくれることになりました。

お店から会社へ

さらに通夫は新しい店を会社にしてはどうかと提案します。尾上清の案かもしれませんが、いずれにしろ株式会社にすることになりました。

惇子たちの会社役員はこんな顔ぶれでスタートしました。

社長:元田蓮
専務取締役:坂野惇子
常務取締役:川村睦夫
取締役:田村光子、田村江つ子
監査役:田村陽(光子の夫)

元田蓮が社長になったのは惇子たちの推薦です。

資本金75万円(20万円は尾上清が出資)の会社が誕生しました。

ファミリアの名前

会社の名前をどうするのかも問題になりました。ベビーショップ・モトヤというのはモトヤ靴店の中にあったからそうしたのです。独立したので新しい名前にすることにしました。

ベビーショップ○○という形にすることはすぐに決まりました。

案として出たのはベビーショップ神戸という名前。でも田村光子が神戸に限定せずもっと広い名前にしてはどうかといいます。そこで敦子が考えたのがファミリアでした。

惇子が知り合いの外国人に家族をなんていうのか尋ねたところファミリアとわかりました。フランス語では家族を”famille”というのです。

でもベビーショップは英語です。英語とフランス語の組み合わせは変だというのあきらめました。でも念のため、英語でも調べてみると“より楽しい”や“家庭的”“親友”という意味がある”familiar”もファミリアと発音できるのです。そこで惇子たちは”FAMILIAR”(操業当初のロゴは大文字)を社名にしました。

昭和25年4月(1950年)、株式会社ファミリアが誕生しました。

コメント

  1. 山崎町子 より:

    孫が生まれます❤プレゼントにしたいです。お店は何処か?ネットで買えたら嬉しい