6. 江戸時代

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尾高長七郎「天狗の化身」と関東に名を知られた攘夷派志士

尾高長七郎とは幕末の志士です。 渋沢栄一・喜作の従兄弟でした。 兄・尾高惇忠たちの影響を受けて熱心な尊王攘夷派になります。 関東の志士の間でも有名な剣術の達人でした。 ところが最後は幕府に捕らえられ牢に入れられたまま明治を迎えました...
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美賀君(一条美賀子) 最後の将軍・徳川慶喜の正室とは

美賀君(みかぎみ)は、最後の江戸幕府将軍、徳川慶喜の正室です。 本名の美賀子は明治維新後に名乗った名前で、江戸時代は省子と名乗っていました。省君と呼ばれていたようです。 公家の今出川公久の娘。 昭憲皇太后(明治天皇の皇后)の義姉に...
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平岡円四郎・一橋慶喜に信頼され「天下を動かしているのは平岡」とまでいわれた幕末の幕臣

平岡 円四郎は幕末の旗本。一橋慶喜の家臣です。 豪放磊落な性格で若い人々と議論するのが好きだったといいます。 一橋慶喜から信頼され「天下を動かしているのは朝廷ではなく幕府、幕府ではなく一橋、一橋ではなく平岡」とまで言われました。 渋沢...
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有馬新七と尊王攘夷派が命を落とした寺田屋騒動

有馬新七は薩摩でも強硬な尊皇攘夷派でした。 西郷隆盛とも交流がありましたが、彼らとは意見があわず倒幕のため京都で決起しようとします。 有馬たちの行き過ぎた行動は、島津久光の怒りをかいます。有馬は久光の送った使者と斬りあいになって命を落と...
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和宮親子内親王・幕末に将軍御台所になった悲劇の皇女

皇女和宮は幕末に徳川家茂の正室になった女性。 正式には和宮親子内親王(かずのみやちかこないしんのう)。幕末に皇族から将軍家に嫁いだ皇女として知られています。 将軍徳川家茂との仲は良かったようですが、大奥内では和宮派と天璋院派の女中の対立...
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本寿院、13代将軍徳川家定の生母とは

本寿院は江戸幕府13代将軍・徳川家定の生母です。 本寿院は12代将軍徳川家慶の側室でした。 将軍家定の生母として大奥の実権を握っていた本寿院。しかし家定の死後は大御台所の役目を天璋院にゆずり、のんびりとした余生をおくりました。 本寿院...
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幾島:天璋院篤姫に仕え大奥で派閥工作をすすめた老女

幾島(いくしま)は篤姫に仕えた御年寄格の女性です。 摂関家の近衛家に輿入れした郁姫に仕えたこともあるので、江戸や公家の作法に通じていました。 幾島自身も頭の良い声の大きな女性だったと言われます。大奥の侍女からは「ごぶごぶ」と言われ恐れ...
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篤姫(於一)が将軍御台所になった本当の理由・紆余曲折の輿入れ問題

天璋院篤姫は13代将軍・徳川家定の御台所(正室)になりました。 外様大名の島津家の分家の姫が将軍御台所になるなんて不思議に思われるかもしれません。一般には、一橋慶喜を次の将軍にするため大奥の工作のために島津斉彬が送り込んだとされることが...
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土持政照(つちもち まさてる)流罪の西郷隆盛を助け沖永良部島の発展に尽くす

土持政照(つちもち まさてる)は沖永良部島で間切横目(警察)をしていた役人です。 西郷吉之助(隆盛)が沖永良部島に流罪になった時に、吉之助の牢獄の番をしていました。土持政照は衰弱する西郷吉之助を支えました。 その縁で知り合い、義兄弟の契...
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龍佐民(りゅう さみん)とその妻・石千代金、奄美大島で西郷吉之助が出会った人たち

奄美大島にやってきた西郷吉之助(菊池源吾)を助けたのが龍佐民(りゅう さみん)。 菊池源吾と名を変え、島にやってきた吉之助ですがあまりにも習慣の違う奄美の人とはなかなか馴染めません。 そんななか、吉之助の世話をしたのが島の代表・龍佐民と...
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阿部正弘(あべ まさひろ)幕末の日本を開国に導いた老中

江戸幕府老中・阿部正弘(あべ まさひろ)は幕末の物語にはよく出てくる人物です。 優柔不断な人物。江戸幕府の衰退を早めた人物と評価されることもあります。しかし、外国船が頻繁にやって来て開国を求める世の中では、昔からのやり方は通用しなくなって...
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橋本左内、安政の大獄で命を落とした早熟の天才の一生

橋本左内(はしもと さない)とは、幕末に活躍した志士です。 福井藩の松平春嶽(慶永)に仕え、藩の政治だけでなく、幕府の政治にも関わりました。 積極的に西洋の技術や文化を取り入れようという、当時としてはかなり進んだ考えの持ち主です。 西...
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孝明天皇・孤立する天皇と毒殺論まで飛び出す早すぎる死

幕末に生きた孝明天皇は熱心な攘夷派でした。あくまでも朝廷と幕府が協力するという方針でした。 しかし尊王攘夷派の勢いはとまりません。朝廷内では過激な攘夷思想の公家や下級の役人たちが集まり大きな力を持つようになりました。 いつしか孝明天皇の...
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孝明天皇・高まる権威と暴走する尊王攘夷派

孝明天皇は幕末の天皇。江戸時代の天皇は力も権威もなく幕府の保護(監視下)で生き延びている存在でした。 しかし幕府の弱体化と攘夷という意思表示をすることで次第に権威を高めていきます。 尊王思想は幕末の水戸から始まりました。しかしその天皇の...
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孝明天皇・祈るだけの存在から幕府に物申す天皇へ

孝明天皇は幕末の混乱期にあって大きな影響力を持った天皇です。第121代の天皇になります。 江戸時代の天皇は力も権威もない存在でした。幕府の決めた規則(禁中並公家諸法度)に縛られ、収入も幕府に管理されています。官位を授けるだけに生かされてい...
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西郷隆盛が坂本龍馬暗殺の黒幕だったって本当?

坂本龍馬の暗殺について、誰が何のために暗殺したのか様々な説があります。 坂本龍馬暗殺の実行犯は京都見廻組の説が有力です。というより明治時代から京都見廻組だと言われてきましたし、それ以上に有力な説はありません。 でも黒幕が誰だったのかは未...
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西郷隆盛は下級武士ではなかった・薩摩藩の武士制度のしくみ

西郷隆盛はよく下級武士だったといわれます。大河ドラマ「西郷どん」でも、貧しい生活をしているように描かれます。 事実、西郷家は貧しかったようです。 でも、薩摩全体の士分(藩に家臣と認められた人・いわゆる武士)の中では決して下級とはいえなか...
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島津久光・薩摩の国父は倒幕派から新政府の抵抗勢力になった

島津久光は幕末の薩摩を動かし倒幕に導いた張本人でありながらあまり目立たない存在です。 当初は斉彬の公武合体路線を進めた久光。しかし徳川慶喜とはともに政治を出来ないと判断し、倒幕に変更します。 一説には新しい将軍の座をねらっていたとも噂さ...
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ジョン・万次郎(中浜万次郎)とはどのような人?

ジョン・万次郎(本名:中浜万次郎)は幕末にアメリカに渡り西洋の知識を身に着けて戻ってきた人物。 万次郎自身は貧しい漁師でしたが、アメリカに渡り熱心に勉強して英語や航海術、造船技術を学びました。 日本に戻ってきたあとは、通訳や航海、造船技...
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西郷吉二郎(さいごう きちじろう)・隆盛にかわって西郷家を守り続けた弟

西郷吉二郎(さいごう きちじろう)は、西郷隆盛(吉之助)の弟。西郷家の次男です。 家を留守にしがちだった西郷(吉之助)隆盛に変わって、西郷家を支え実質的な大黒柱となりました。 隆盛が藩や新政府の仕事に打ち込むことができたのも、吉二郎が家...
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