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朝倉義景 年表

越前(福井県)の戦国大名・朝倉義景の一生を年表で紹介します。 数え歳で年齢も書いたので義景が何歳のときに何がおきたのかわかるようにしています。 朝倉義景 年表 天文2年(1533年)9月24日。(数え年で1歳)  朝倉義景誕生。幼...
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土岐頼純 は織田信長より先に帰蝶(濃姫)と結婚していた?

土岐頼純は美濃国(岐阜県)で守護の座を巡って土岐頼芸と争った人物。斎藤道三とも争いました。道三と争っている最中に若くして死亡します。 そのためあまり注目されることのなかった人物です。ところが「濃姫(帰蝶)と結婚していた」という説が出てきま...
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斎藤高政(一色義龍)は父・道三を討ち美濃を信長から守った男

斎藤高政(一色義龍)は斎藤道三の長男。道三を殺した人物として知られます。道三が出世物語の主人公として人気がある一方で、義龍は父親を殺した人物としてあまり評判はよいとはいえませんでした。 しかし争いで荒れ果てた美濃国を立て直し。織田信長の美...
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斎藤道三・僧侶から大名へ!親子二代で達成した成り上がり人生

斎藤道三は僧侶から、油売り、そして大名に成り上がった人物。戦国時代を代表する下剋上の典型的な人物といわれます。 ところがこの話は江戸時代の小説「美濃国諸旧記」などで作られたイメージでした。現代でも坂口安吾・海音寺潮五郎・司馬遼太郎らの作家...
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波多野秀治 :丹波勢の意地をみせ明智光秀を苦しめる

波多野秀治は丹波の大名。全盛期には丹波最大の大名といわれた波多野氏でした。 しかし秀治は明智光秀との戦いに敗れ、波多野氏の最後の当主となりました。 滅び方が悲惨だっただけに「氷上郡史」「総見記」「籾井家日記」など様々な物語にも登場します...
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土岐頼芸:斎藤道三に下剋上された美濃守護大名

土岐頼芸は戦国時代の美濃の守護大名です。 斎藤道三に下剋上された人物というイメージが強いかもしれません。 もともと次男だった土岐頼芸は守護になる立場ではありませんでしたが、父の気まぐれで跡継ぎになってしまい兄と家督争いをします。その後も...
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長宗我部盛親・大坂の陣に土佐長宗我部家の再興を賭ける

長宗我部盛親は土佐の戦国大名。 関ケ原の戦いで敗れたあと、大坂の陣にも参戦しました。 盛親が大坂に来た目的はただひとつ。 土佐で長宗我部家を再興することです。 若いころから荒々しく、家臣にも厳しかった盛親。 大坂の陣で...
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長宗我部元親・四国の覇者(前半生)

四国の覇者、長宗我部元親。 全国的な知名度はほぼないに等しかった武将ですが、ゲームやアニメで注目され全国に名が広まりました。 美形ということになってますが。 本当の元親はどんな人だったのでしょう。 長宗我部元親(ちょうそかべ も...
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