中野直之・直久、井伊直虎・直政を支えた中野家の人たち

井伊直虎が治めることになった井伊谷。直虎時代の井伊家は家臣も若返っています。何しろ井伊谷の男たちが次々と亡くなったので世代交代が早いのは仕方ありません。

井伊家親族の中でも奥山家に次ぐ家柄の中野家も同じです。父・直由亡き後家督を継いだのは中野直之でした。

ところが、大河ドラマ「おんな城主直虎」では女の直虎にことごとく反発する重臣として描かれます。今川家の意向に従っている小野但馬守と違い、小野直之は井伊家を大切に思っています。でも考え方が直虎とは違っていました。女だからというのも余計に腹が立つ理由だったかもしれません。

しかしそんな直之も井伊家を支える人物となります。

中野直之とはどんな人だったのでしょうか。

 中野直之(なかの なおゆき)とは

名 前:中野直之(なかの なおゆき)
通称・官命:越後守(えちごのかみ)
生 年:不明
没 年:慶長10年(1605年)
父:中野直由
妻:清光院(奥山朝利の娘)
子:三信、松下一定、娘5人

中野家は井伊家の分家筋の家柄。たくさんある井伊家の分家の中でも、井伊家から独立したのが比較的最近でした。そのため井伊一族としての意識がとくに高かったといいます。一族の中でも奥山家に次ぐ発言力を持っていたといわれます。

井伊直親は井伊谷に帰還すると井伊谷の入り口に近い祝田に移り住みました。そのとき中野家や赤佐家氏といった親族。都田村、瀬戸村の人々がその配下に収まりました。中野家は直親を支える重臣としての立場もあったのです。

父・中野直由は井伊直盛が亡くなった後、直親の後見になり地頭職の代理を任されるほどの信頼がありました。しかし、直由は曳間城の戦いで討ち死にしてしまいます。

直由なきあと直之が中野家を相続しました。直之が中野家の家長となった時代、井伊家は次郎法師が治めていました。次郎法師を助けて井伊谷を治めていたと思われます。

直親の息子・虎松(井伊直政)が徳川家康に会うときには祐春尼の命令で虎松を護衛しました。その後、直之は井伊直政に仕えました。

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直之の跡継ぎ

直之の死後。息子の三信(三孝)が跡を継ぎ、井伊家の家老になりました。
次男の一定は虎松が養子となっていた松下家を相続しました。虎松が井伊家を相続することになったので松下家は跡継ぎがいなくなりました。その代りに松下家を相続したのです。

中野直之の妻。つまり三信、一定の母は奥山朝利の娘。井伊直政の母とは姉妹です。三信、一定は井伊直政とは従兄弟になるんですね。それだけでなく小野玄蕃の妻も奥山朝利の娘でした。つまり、井伊直政(虎松)、中野三信、松下一定、小野朝之(亥之助)は従兄弟になるんです。井伊直政には徳川家康から与えられた家臣もいましたが、井伊谷時代から続く井伊家ゆかりの従兄弟たちも支えていたのです。

以後、中野家は井伊家の重臣として続きます。

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中野直久とは?

ドラマでは中野直之の弟に直久という人物が登場します。虎松に従う家臣となります。直之に弟がいたという説やいなかったという説もありはっきりとしていません。

井伊直政とともに育ち、直政に仕えた家臣に中野一定がいます。後に直政の代わりに松下家を継ぎ松下一定と名乗ります。松下一定は引馬城攻めで討ち死にした中野越後守の次男と紹介している文献もあります。

幾つかの資料には父は中野越後守としか書かれていません。中野直由と直之はどちらも中野越後守と名乗っていました。中野越後守が直由なのか直之なのかによって解釈が変わります。

中野家出身の者であること。中野越後守の次男であること。虎松(井伊直政)に近い世代の人物であること。などからドラマの中野直久は松下一定になる人物なのではないかと思われます。資料の解釈の仕方、ドラマの演出の都合などで通説とは多少変わってることがあるんですね。

代々井伊家を支えた中野家

大河ドラマ「おんな城主直虎」では井伊直虎と激しく対立する中野直之。それは直虎が女だからという理由だけではないかもしれません。

中野家は分家筋の中でもとくに井伊家に近い血筋です。直之の父は井伊谷の地頭の代理を任されたほどの人物です。井伊家が絶えれば分家筋から跡継ぎを出すことになったかもしれません。その時には親族でも影響力のある中野家から選ばれた可能性は高いです。

虎松(井伊直政)への奉公ぶりを見ると実際の直之には野心はなかったでしょう。でも井伊直親の息子ならともかく、「直虎を簡単には認めたくない」という気持ちはあったかもしれません。中野家は井伊本家よりも井伊直親の領地に近いところに住み、直親を支えてきました。直親の息子の虎松を支えていくのは自分だという自負があったかもしれません。そんな複雑な心境があるのかも。と思ってみると面白いかもしれません。でも、直之は直虎と和解。以後は子頃強い家臣となります。